はじめに
どうもこんにちは、ここみらいチャンネルのシュンスケです。
今回は「将来の夢がないよ〜」と悩んでいる人に向けてお話します。
「将来の夢はなんですか?」地獄
僕たちは、子供の頃から「将来の夢はなんだい?」とニヤニヤした大人に聞かれるというイベントを何度も経験しています。
その度になんとか自分が知っている職業の中から馴染みがあるものを引っ張り出して答えてきました。
「先生になりたい」
「警察官になりたい」
「看護師になりたい」
子供は何かと気を遣っているもので、
「子供は可能性のカタマリでやりたいことに満ち溢れている」
という大人の幻想を打ち砕くように
「やりたいことなんかない」
と言ったりはしません。
あったとしても、
「いやー、やりたいこと見つからなくってさ…」
となんだか申し訳ない感覚になってきたはずです。
そういうイベントを経験するにつれ、
「将来の夢がないのは悪いこと」
という雰囲気がなんとなく自分の中に残っていきます。
そしてなんとか「夢がある自分」になりたくなって、悩みに悩んだ結果、どうするか。
夢を捏造し始めるんです。
特にやりたいわけでもないのに、「自分のやりたいことはこれだ」と急に決めてしまいます。
これ、心当たりがある人も多いのではないでしょうか。
こうして夢を捏造してしまうと、自分が作った「将来の夢」像に縛られていき、自分の可能性を狭めてしまいます。
本当にやりたいことでもなんでもないのに、情報不足の中で「えい」と決めたものに固執する…これはあまり健全とは言えません。
もちろん、本当にやりたいことがある人はなんの問題もないのですが、自分で捏造している人は要注意です。
でも実際はこんな時代にポンポン夢が決まる方が不自然です。
そこら辺を詳しくお話します。
「将来の夢」という幻想
そもそも「将来の夢はこれだ」というのは、将来の選択肢が少ない時代・境遇の発想なんです。
「将来の夢」を決めると言うことは、それ以外の選択肢を排除すると言うことでもあります。
そのリスクが小さかった時代、つまりそんなに選択肢がない時代ならこれは問題ありません。
しかし現代は違います。
さまざまなテクノロジーの進歩によって、働き方はよりグローバルに、より多様になっています。
いつでもどこででも働けるようになり、
みんなにとっての当たり前の生活が変わり、
お金につながるスキルはどんどん変化し、
今まで想像もつかなかったような職業が大量に生まれ、
今まで安泰だと思われていた職業が次々に失われていきます。
働き方の選択肢はもはや無限大で、流動的です。
その流れが加速していくことは間違いないでしょう。
こんな時代に「僕がつきたい職業はこれ!」と簡単に決めてしまうことは、
めちゃくちゃリスキーです。
その仕事はもう10年後にはないかもしれないし、
そうやって事前に仕事を決めてしまうことによって他の選択肢が見えづらくなってしまいます。
しかも、自分自身の考え方も、できることも、見える世界も、年を取ると変化していきます。
たまたま働いたインターン先の仕事にめちゃくちゃハマるかもしれませんし、
旅行先ですごく楽しそうな生き方を見つけるかもしれないし、
なんとなく観た映画がすごく刺さって人生観が変わるかもしれません。
その都度、やりたいことが変わるのが人間として自然です。
それがないのなら、むしろ人間として成長してないのかもしれないとさえ思います。
だから、今からガチガチに将来の夢なんて決める必要はないのです。
夢を職業で考えるのが間違い
僕らはなぜか「将来の夢」を聞かれると職業で答えようとします。
しかし、この発想こそが害悪だと思います。
その仕事をすることが夢ならば、20才かそこらで夢が叶ったか否かのジャッジが下されることになるわけです。
そんなのはふざけていると思います。
夢が叶って憧れの職業で働き始めたら、ゴールなんでしょうか。
いや、むしろそこからが人生の始まりと言ってもいいはずです。
その仕事を通じてどんなことをしたいのか?
どんな自分になっていきたいのか?
どんな人と一緒に生きていきたいのか?
どんなふうに死んでいきたいのか?
それこそが人生において大事な部分です。
決して「なんの職業か?」が最重要なのではありません。
この将来の夢を職業で答えるという考え方は、その先にどのような人生を送るかと言う発想が完全に抜け落ちたものだと思います。
そして前述した通り、そもそも職業という枠に当てはめて未来について考えることは非常に危険です。
職業の枠は完全に取り外してください。
それでも夢はあるといい
では、夢は持たない方がいいのか?
そんなことはない、と僕は考えます。
ただし、職業としての夢ではなく、もっと抽象的な、生き方としての夢です。
もっと言うと、「自分の人生をどうしたいかという価値観」をはっきり持つことです。
例えば
「自分がいることでどんな事業もうまくいくようなビジネス力が欲しい」
「日本から出て、世界中どこででも働ける存在になっていたい」
「たくさんの人に影響を与え、感謝されたい」
「やりたくないことはやらないで済むような力が欲しい」
「若いうちにいい人と結婚して、幸せな家庭を築きたい」
「人生のどこかで世界中を放浪してみたい」
「自分の家族や親が困った時に助けられるだけのお金を稼ぎたい」
などです。
具体性もないし、ましてや職業など関係ありません。
しかし、抽象的だからこそめちゃくちゃ応用がきくし、ブレにくいです。
価値観がはっきりしていれば、どの道どんな職業に就職すれば良いのかが分かってきます。
職業というのは、単なる手段であることがよくわかります。
時代が変わっても、その場その場で最適な選択肢について検討することができます。
こういう抽象的な指針としての夢が決まっていれば、日々の具体的な行動に落とし込むことができます。
例えば
「とにかく時間に縛られたくないし、住みたいところに住みたいし、上司に命令されたくない。
サラリーマンは死んでも嫌だ」
と思うのであれば、卒業の時期までにどうにかしてサラリーマンにならなくて済むための努力をすることになります。
そうすればフリーで生きるためにどうすればいいのかリサーチを始めて、実際に行動してみるでしょう。
試しにYouTubeを始めてみるかもしれません。そして全くうまくいかないかもしれません。
でも、また性懲りも無く、時間や場所に縛られず上司に命令されずに済むための方法を探し始めることができます。
なぜならYouTuberが夢なわけではないからです。
中身はともかくとして、このように自分が送りたい人生に対してチャレンジし続ける人は、何もしないよりは自分が送りたい人生を送る可能性も高いでしょう。
これが、ちゃんとした夢の設定の仕方だと思います。
自分の価値観がはっきりしない場合も、あると思います。
そういう人は、知識・経験が足りないです。
もっと世の中の情報を集めましょう。
世界にはいろんな人がいて、いろんな働き方をしています。
たくさんの面白いことが起きていて、それにたくさんの人がワクワクしているのです。
優れた本を読み、多様な人に会い、心震える旅をしてください。
こうして世界をいろんな角度から見て、琴線に触れるような経験を重ねれば、自然と自分の価値観がはっきりしていき、方向性も決まっていくと思います。
まとめ
以上が僕が思う、将来の夢についての考え方でした。
夢がなくても焦る必要は全くなくて、何をするかなんてのはそのときどきで決まっていきます。
だから具体的なことは未来の自分に任せて、抽象的なことをどんどん掘り下げていきましょう。
ここがハッキリしていると、迷子にならずに済むんじゃないかと思っています。
みんなが無事、「将来の夢地獄」から解放されますように!